ガイドライン・方針


身体拘束最小化のための指針

1.身体拘束最小化に関する基本的な考え方

  1. 身体拘束とは、患者の身体行動の自由を制限することであり、尊厳ある生活を阻むものである。当院では、理念に基づき、患者の尊厳と主体性を尊重し、拘束を安易に正当化することなく、職員一人ひとりが身体的・精神的弊害を理解し、身体拘束最小化に向けた意識をもち、緊急やむを得ない場合を除き、身体拘束を行わない診療・看護の提供に努める。
  2. 医師・看護師等、複数の担当者で適応要件を確認し、緊急やむを得ず身体拘束を行う場合の 3要件を全て満たした場合に限り、医師及び看護責任者の承認の上、患者および家族の同意を得て医師の指示のもと実施するものとする。
  3. 身体拘束が必要であると判断された場合であっても、身体拘束以外の手段を考えられれば、 それを選択しなければならない。また、実施中は必要な観察を行い弊害予防に努め、最小限の範囲で実施し、日々、複数の担当者で検討を行い、早期解除を目指すものとする。 


2.身体拘束最小化のための基本方針及び確認事項

1)身体拘束の定義
身体拘束は、抑制帯等、患者の身体又は衣服に触れる何らかの用具を使用して、一時的に当該患者の身体を拘束し、その運動を抑制する行動の制限をいう。(フィジカルロック)
<令和6年度診療報酬改定:入院基本料「施設基準」定義>
<その他の定義:参考>
「全国抑制廃止研究会」身体拘束の定義
施設や病院などで、認知症の高齢者を「治療の邪魔になる行為がある」あるいは「事故の 危険性がある」という理由で、紐や抑制帯、ミトンなどの道具を使用して、ベッドや車いすに縛ったりすること。

2)身体拘束の原則禁止
 患者の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体拘束を制限する行為を禁止する。

3)身体拘束禁止の対象となる具体的な行為
(1)徘徊しないように、車いすや椅子、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
(2)転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
(3)自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む。
(4)点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る。
(5)点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、 手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける。
(6)車いすや椅子からずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型拘束帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける。
(7)立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるような椅子を使用する。
(8)脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる。
(9)他人への迷惑行為を防ぐために、ベッド等に体幹や四肢をひも等で縛る。
(10) 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。
(11) 自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する。
〈厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」身体拘束ゼロへの手引き〉

4)身体拘束禁止の対象とはしない具体的な行為
(1)移動時の安全確保のため、短時間固定ベルト等を使用する場合で、使用している間、常に職員が介助の為、患者の側に付き添っている場合
(2)肢体不自由や体幹機能障害があり残存機能を活かすことができるよう、整形外科疾患の治療であるシーネ固定等、安定した体位を保持するための工夫として実施する場合
(3) 乳幼児(6 歳以下)の事故防止対策
  ①転落防止のためのサークルベッド(天蓋付き含む)・4 点柵使用
  ②点滴時のシーネ固定
  ③自力座位を保持できない場合の車いすベルト
(4)身体拘束をせずに患者を転倒や離院などのリスクから守る事故防止対策として離床センサー 、マットセンサーの使用

5)身体拘束実施により起こりうる弊害
身体拘束には、患者本人に心身への苦痛を与えるだけでなく、家族やスタッフ、病院に大きな影響を与え、 ADL(日常生活動作)低下やQOL(生活の質)の低下等の弊害を引き起こす リスクがある。
身体的弊害 外的弊害 関節の拘縮や筋力低下、褥瘡の発生、血行障害など
内的弊害 食欲や心肺機能の低下
事故リスク ベッドや車いすからの転落や無理な立ち上がりによる
転倒、紐や抑制帯による窒息等の重大事故のリスク
精神的弊害 本人への弊害 怒りや不安、諦め等の精神的苦痛、認知症の進行、せん妄など
家族への弊害 身体拘束されている様子を目の当たりにすることで不安や後悔、罪悪感を抱く
医療者への弊害 自らのケアに誇りをもてない
社会的弊害 ・病院への信用低下・偏見
・医療者の仕事へのモチベーション低下、看護観の揺らぎ
・職場への不信感や将来への不安
6)向精神薬等の鎮静を目的とした薬剤使用のルール
(1)検査・治療時における薬剤添付文書に基づく向精神薬投与は、身体的拘束(ドラッグロック)に該当しないものとする。
(2)不眠・不穏時の向精神薬投与については、「せん妄ハンドブック」に基づき使用し、過剰な投与を前提としていないため身体拘束には該当しないものであるが、患者の病態に応じて医師・看護師、必要時は薬剤師等と協議した上で使用する。
(3)せん妄状態に対しては非薬物的対応を前提とし、薬剤を使用する場合は、精神症状が軽減し安心して治療が受けられるように適切な薬剤を最小限使用する。
*非薬物的対応とは:せん妄の促進因子に対する薬剤使用以外の介入
せん妄リスク要因 非薬物療法による介入(例)
認知機能低下
見当識障害
・見えやすい場所にカレンダーや時計を配置する
・ケアや処置・診察時に日時や場所、入院の目的を伝える
・一日の初めに患者に自己紹介し一日のスケジュールを伝える
・可能であれば家族に面会してもらう
・自宅で使い慣れた物品(日用品)を持参してもらう
身体要因 ・脱水や低栄養の改善    ・便秘の緩和
・疼痛コントロール     ・多剤服用の見直し 
活動性低下 ・術後の早期離床を促す   ・日中に可動域の運動を行う
・受動的な運動や理学療法士によるリハビリテーションを取り入れる
・動作を妨げる点滴やカテーテル、ドレーンは最小限とする
視覚障害
聴覚障害
・自宅で普段使用している眼鏡・補聴器を使用する
・大きな声でゆっくりとわかりやすい言葉で話しかける
・ナースコールを見えやすく手の届く位置へ設置する
睡眠障害
 
・可能な限り日光に当たる時間を増やし、昼寝を控える
・昼間は明るく、夜間は周囲の状況がわかる程度の照度を保つ
・騒音を避ける(医療者は大きな話し声、足音に注意を払う)
・身体状況改善時は、ICUや救急病棟から速やかに一般病棟へ転棟する
・可能な限り夜間の医療行為を避ける
・利尿剤は日中に投与するなど睡眠を妨げない投薬計画を立てる
・日中の離床を促す ・座位保持、ギャッジアップを行う
・患者の好きなテレビやラジオ、音楽をかける
・可能であれば家族面会を積極的に調整する
・夕方は、温かいノンカフェインの飲み物にする

3.身体拘束最小化に向けての組織体制

1)委員会の設置及び開催
身体拘束の最小化を目的として、身体拘束最小化委員会を設置し、1回/月開催する。
※身体拘束最小化委員会要領に準じて開催する。
2)活動内容
(1)身体拘束の実施状況を把握(身体拘束率測定、様態や実施時間調査、指示・記録監査)及び評価を行い、管理者を含む職員への定期的な周知徹底
(2)身体拘束を実施した場合について、緊急やむを得ない場合の判断、代替えケア・解除等の適正ついての検討
(3)身体拘束最小化の指針について職員への周知、定期的な見直し
(4)身体拘束最小化に関する職員全体への教育・研修開催

2)委員会の構成員
委員は、専任の医師及び専任の看護職員、入院診療・ケアに携わる多職種から構成する。
(1)委員長1名(副院長)委員会の責任者及び諸課題の総括責任
(2)専任の医師・若干名(脳神経内科、脳神経外科、小児科医師)
(3)専任の看護師(責任者) 入院業務課、看護安全管理課、専門看護師、病棟(成人・小児)責任者、入退院支援室
(4)入院医療に携わる多職種、薬剤師、理学・作業療法士、医療ソーシャルワーカー、診療録管理士
(5)医事課事務職員
(6)医療安全管理室
(7)病院機能管理室
(8)その他委員会が必要と認める者

4.身体拘束を行わずにケアを行うための考え方

身体拘束をせずにケアを行うためには、身体拘束を行わざるを得なくなる原因を特定し、そ の原因を除去するためにケアを見直すことが求められる。
1)身体拘束を誘発する原因の特定と除去
背景にその人なりの理由や原因があり、ケアする側の関わり方や環境に問題があることも少なくない。そのため理由や原因を徹底的に探り、除去するケアが必要である。

2)5つの基本的ケアの徹底
*以下のケアを実行することにより、点滴をしなければならない状況や、転倒しやすい状況をつくらないようにすることが重要である。
起きる 人間は座っているとき、重力が上からかかることにより覚醒する。目が開き、耳が聞こえ、自分の周囲で起こっていることが分かるようになる。これは仰臥して天井を見ていたのではわからない。起きるのを助けることは人間らしさを追求する第一歩である。
食べる 人にとって食べることは楽しみや生きがいであり、脱水予防、抵抗力の維持向上にもなり、点滴や経管栄養が不要になる。食べることはケアの基本である。
排泄する なるべくトイレで排せつしてもらうことを基本に考える。オムツを使用している人については、随時交換が重要である。オムツに排せつ物が付いたままになっていると気持ち悪く、「オムツいじり」等の行為につながることになる。
清潔にする きちんと風呂に入ってもらうことを基本に考える。皮膚が不潔なことがかゆみの原因になり、そのために大声を出したり、夜眠れずに不穏になったりすることになる。皮膚をきれいにしておけば、本人も快適になり、また、周囲も世話をしやすくなり、人間関係も良好になる。
活動する
(アクティビティ)
その人の状態や生活歴に合ったよい刺激を提供することが重要である。具体的には、音楽、園芸、ゲーム、体操、家事、ペット、テレビなどが考えられる。言葉による良い刺激もあれば、言葉以外の刺激もあるが、いずれにせよ、その人らしさを追求するうえで、心地よい刺激が必要である。
〈厚生労働省老健局:身体拘束廃止・防止の手引きより〉

3)最小化の取組みを契機に「よりよいケア」の実現を目指す
身体拘束最小化の取組みは、院内におけるケア全体の向上や生活環境の改善のきっかけとなりうる。取り組みの過程で提起された様々な課題を真摯に受け止め、よりよいケアの実現に取り組むことが重要である。

5.緊急やむを得ず身体拘束を行う場合の対応

1)緊急やむを得ず身体拘束を行う場合の3要件の確認
患者個々の、心身の状態、疾病・障害を理解した上で身体拘束をしないケアを原則とするが、それだけでは十分に患者の生命や身体を保護できないような、一時的に発生する突発 的事態に限定する。安易に「緊急やむを得ない」ものとして身体拘束を行うことのないよう多職種で検討し、慎重な判断を行う。
※身体拘束を行う場合には、以下の3つの要件を全て満たすことを条件とする
【切迫性】      者の生、身体、権利が危険にさらされる可能性が著しく高いこと
【非代替性】身体拘束を行う以外に代替する方法がないこと
【一時性】        身体拘束が一なものであること
2)緊急やむを得ない場合に該当するか検討を必要とする患者の状態・背景
(1)気管切開・気管内挿管チューブ、中心静脈カテーテル、経管栄養チューブ、膀胱留置カテーテル、各種ドレーン等を抜去することで、患者自身に生命の危機および治療上著しい不利益が生じる場合
(2)精神運動興奮状態 、意識障害、認知障害、見当識障害、薬物依存、アルコール依存、術後譫妄などによる多動・不隠が強度であり、治療に協力が得られない、自傷・他傷などの害を及ぼす危険性が高い場合
(3)ベッド・車いすからの転倒・転落の危険性が著しく高い場合
(4)重症心身障害児(者)等における行動障害(自傷行為や異食など)が頻回かつ切迫している場合
(5)検査・手術・治療で抑制が必要な場合
(6)その他の危険行動(自殺・離院・離棟の危険性など)
※いずれの場合であっても緊急やむを得ない場合の3要件を全て満たすことを条件とする

6.身体拘束最小化に向けた職員研修

1)全職員対象とした身体拘束等に関する教育研修を定期開催する。
※年1~2回の実施:基礎知識、知識の普及・啓発、指針の徹底等
2)研修内容、日時、受講状況を記録し、終了後アンケート調査を実施、評価を行う。

参考文献

1)身体拘束廃止・防止の手引き: 厚生労働省老健局,2025年3月(参照:2025年3月)
     
2)身体拘束予防ガイドライン:日本看護倫理学会 臨床倫理ガイドライン検討委員会,2015年8月(参照:2024年9月)  
3)医療や看護を受ける高齢者の尊厳を守るためのガイドライン:日本看護倫理学会
 臨床倫理ガイドライン検討委員会,2015 年 6 月(参照:2024年9月)

適切な意思決定支援に関する指針

1.基本方針

当院では、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」¹の考え方をふまえ、適切な意思決定支援に関する指針を定める。本人を主体にその家族等に対して、多職種から構成される医療・ケアチームで、適切な説明と話し合いを行い、本人の意思決定を基本とした、その本人にとって最善の医療・ケアを進めるものとする。

2.適切な意思決定における医療・ケアの在り方

(1)医師等の医療従事者は、適切な情報提供と患者が理解できるように説明する。それに基づいて医療・ケアを受ける患者が、医療・ケアチームと十分な話し合いを行い、本人による意思決定を基本としたうえで、その本人にとって最善の医療・ケアを進めることを最も重要な原則とする。
(2)医療・ケアチームは、本人の意思は変化しうるものであることを踏まえ、本人が自らの意思をその都度示し、伝えられるような支援を行い、本人との話し合いを繰り返し行うことが必要である。
(3)本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、本人との話し合いは、家族等の信頼できる者も含めて、繰り返し行われることが重要である。したがって本人は特定の家族等を自らの意思を推定する者(代理決定者)として前もって定めておくことを説明する。
(4)人生最終段階における医療・ケアについて、その行為の開始・不開始や中止・その内容の変更は、医療・ケアチームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断する。
(5)医療・ケアチームにより、可能な限り疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和され、患者・家族等の精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療・ケアを行う。
(6)生命を短縮させる意図を持つ積極的安楽死は、本指針では対象としない。

3.適切な意思決定における医療・ケアの方針

(1)本人の意思の確認ができる場合
  1. 医師は本人の判断能力の程度にかかわらず、適切な情報の提供と説明を行い、本人と医療・ケアチームとの合意形成に向けた十分な話し合いを踏まえた本人による意思決定を基本とし、医療・ケアチームとして方針の決定を行う。
  2.  時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて本人の意思が変化しうるものであることから、医療・ケアチームにより、適切な情報の提供と説明がなされ、本人自らの意思をその都度示し、伝えることができるような支援を行う。この際、本人が自らの意思を伝えられなくなる可能性もあることから、その時の対応について予め家族等も含めた話し合いを繰り返し行う。
  3.  本人と家族等と話し合ったプロセスを記録し共有する。
(2)本人の意思の確認ができない場合
  1. 家族等が本人の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、本人にとって の最善の方針として医療・ケアチームと共に検討し決定する。
  2. 家族等が本人の意思を推定できない場合には、本人にとって何が最善であるかについて家族等と十分に話し合うことを基本とする。時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、その都度、本人や家族等と話し合い、方針を共有する。
  3. 家族等がいない場合や家族等が判断を医療・ケアチームに委ねる場合には、患者にとっての最善と思われる方針を医療・ケアチームで話し合いの上、慎重に検討し決定する。
  4. 本人と家族等と話し合ったプロセスを記録し共有する。
(3)複数の専門家からなる話合いの場の設定
上記(1)及び(2)において、方針の決定に際し、以下の①~③のような場合には、 多職種及び複数の専門家からなる委員会(臨床倫理委員会)に諮り、医師・ケアチーム以外の第三者を加えて、方針等についての検討や助言を得るようにする。
① 医療・ケアチームの中で心身の状態等により医療・ケアの内容決定が困難な場合
② 患者本人と医療・ケアチームとの話し合いの中で、妥当で適切な医療・ケア内容についての合意が得られない場合
③  家族等の中で意見がまとまらない場合や医療・ケアチームとの話し合いの中で、妥当で適切な医療・ケアの内容についての合意が得られない場合等
(4)認知症・障害等で、自らが意思決定することが困難な患者の意思決定支援
障がい者や認知症等で患者自らが意思決定をすることが困難な場合は、厚生労働省 作成の「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定ガイドライン」2)を参考に、出来る限りご本人の意思を尊重し、反映しながら意思決定を支援する。
(5)身寄りがない患者の意思決定支援
身寄りがない患者における医療・ケアの方針についての決定プロセスは、患者の判断能力の程度や入院費用等の資力の有無、信頼できる関係者の有無等により状況が異なる。介護・福祉サービスや行政の関わり等を利用して、患者本人の意思を尊重しながら、厚生労働省の「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」3)を参考に、その決定を支援する。

参考文献

(1)人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン 厚生労働省. 2018/3.(参照2025/03/22)
(2)認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン 厚生労働省.2018/6.(参照2025/03/22)
(3)山梨大学大学院総合研究部医学域 社会医学講座.山縣 然太朗身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン

2025年3月更新